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いつまで続くかわからないブログ

いつまで続くかわかんないけど頑張ります。

小さな小さな君の住んでいる町に

秋葉原に行ったことが一度だけある。

東京には何度も行ったけれど、秋葉原はなんだか良い思い出がなくてもう行っていない。
ディアステージに行きたいけど、まだ勇気が出ない。

秋葉原に行ったのは、確か中学生のころ。
当時ひぐらしハルヒにはまっていたわたしは漠然と、秋葉原に行かなきゃと思っていた。

そこに友人の兄(当時大学生)が、秋葉原に観光しに行くから一緒に行かないかと誘ってきた。
夜行バスで日帰りの秋葉原観光。
わたしは東京に住む友人に案内を頼んで、行くことにした。

中学生だったものだから、使えるお金はたかが知れている。
しかも恐ろしく知識がなかったので、どこに何があるかなんかもわからなかったし、秋葉原で何がしたいかもわからなかった。
ただ秋葉原に行かなきゃという気持ちだけだった。

わたしはコンビニでおにぎりを買ってリュックに入れ、友人の兄とその友人と夜行バスに乗った。
多分高速に乗ってすぐに寝たから記憶がない。起きたら日が昇る前の東京駅にいて、訳も分からず切符を買って秋葉原に向かった。
朝方だから店なんて一つも空いてなくて、案内してくれる友人と合流した後ファミレスで更に眠りこけた。

その後わたしたちは案内されるがままにアニメイトやら何やらをめぐって、同人誌やCDなんかを買った。
メイド喫茶にも行って、味のよくわからないジュースを飲んだ。メイドさんは常連さんにずっとついていて、注文以外に話した記憶がない。
メイド喫茶にありがちな「おかえりなさいませ」「いってらっしゃいませ」もなかった。

お昼はハンバーグを食べた。コーンがなかなかうまく食べられなくて、みんなを待たせた気がする。
レイプ事件で騒がれたチェーン店だったと思う。名前がもう思い出せない。

それから夕方まで何かをしたんだけど、覚えてない。
とにかく夜になって東京駅でバスに乗ろうとした時に、バスの人と揉めた。乗車名簿に名前が無いらしい。
よくよく聞いてみたら、友人の兄が日付を間違えてチケットを買っていた。わたしたちが乗れるのはその日のバスではなく、翌日深夜のバスだった。
とにかく何とかしないと、ということで、案内してくれた友人が片っ端からホテルに電話をかけて、なんとか寝場所が確保できた。

翌日は、もうなんとも言えない状態だった。
寝不足に予定外のトラブル。財布の中身も、1日で帰る予定だったために心もとない。心もとないというか、もう本当になかった。
ただ、案内してくれた友人はその日も付き合ってくれて、ひたすら歩いて東京を観光した。観光というより、歩くことで恐ろしいほどゆっくりと時間を進める感じだった。

疲れ果てて、よくわからない場所のよくわからないベンチに座り込んだことを覚えてる。
けど、それ以外は本当に思い出せなかった。
荷物の詰まったリュックがひたすらに重かった。

そしてその日の晩にようやくバスに乗って、わたしたちは帰った。
とんでもない旅だったことは、中学生ながらにわかっていた。
わたしたちはなんとなく無言で、始発で地元の駅に帰る。

荷物と心労でへとへとになりながら電車を降りた時、友人の兄がようやく口を開いた。
「ホテル代、後日もらうね」

大きな荷物となんとも複雑な感情を抱えて、一人で泣きながら帰った。
家に着くと親にチケットの不手際についてめちゃくちゃ怒られた。

後日別の友人にこのことを愚痴ったら、「ああ、○○のお兄ちゃんね〜、前に何処そこに連れてってあげるって言われてついていったらきっちりお金請求された」と言われて余計遣る瀬無くなった。

どっと疲れて、欲しかったものばかりのはずの荷物も開けず数ヶ月放置した。
でもある日突然荷解きをしようと思い立って、ようやく荷物を開けた。

開けたら、出てきました。
おにぎりが。
東京行き夜行バスに乗る前に買ったおにぎりです。おにぎりっていうか、もう水だった。夏だったもんね、なるよね。
ビニール袋がしっかり縛ってあって、においや水が漏れてないのが救いだった。
おにぎりだった液状の物体を見て、あの苦痛でしかなかった2日目のことや、よくわからないまま秋葉原を観光してなんとなく楽しい気分になっていたことを思い出して、また泣きながらリュックごと捨てた。

だからかな、秋葉原は、なんか苦手だ。